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2月21日 くるみの木集会報告

2017221日、霞が関南病院でもたれました。この病院は、クルミの木集会の発起人の一人、S姉が脳梗塞後リハビリ入院をされているところです。そのS姉も、半年ぶりぐらいに車いすながら笑顔で参加されました。S姉とお話ししたく、11名の参加者が集ってきました。S姉の笑顔と、前向きな姿勢から、どんな時も希望を持つ事が大事だと教えられた一日でした。   E姉の感想より

 

さて、聖書の格言、箴言の中から「苦しみの意味」とのお話しが、西岡まり子副牧師からありました。

箴言3章の「知恵の6つの条件」の6番目です。31112

「主の懲らしめを軽んじてはならない、その戒めを嫌ってはならない。

主は、愛するものを、戒められるからである。

あたかも父がその愛する子を戒めるように」

聖書の書かれたユダヤでは、

「懲らしめ」は元来「父親が子どもを訓練する」と言う意味を持つことばで、「矯正」と「懲罰」野二つの概念があるようです。

矯正は、歯や、姿勢、筋肉トレーニング、しつけもそうです。愛のむちのような痛みが伴い修正がおこなわれます。痛みが伴うものを人は嫌いますが、愛する子を戒めるように父が訓練すると言われています。へブル12:5-12

父なる神は愛するものを「訓練」するとありますが、訓練と言い切れないような艱難が人生を襲うことがあります。その苦しみにどのような意味があるのだろうかと人は悩み問います。

9歳で33歳の父を突然失い、乳飲み子と4人の男の子を抱えた母を支え生きてきた豊田氏。父は、神学校を卒業しこれから、神様の為に働くと願っていた時に、しかも、山にこもり徹夜祈祷をしていたその夜に天に召されていった。どうして、神は父をとられたのだろうか、父を守ってくださらなかったのだろうかとの問いに苦悩します。神への怒りが弟たちに向けられ、暴力となり、弟はいつか兄を殺してやろうと思いをひそめていたと後日告白するのです。 彼は悩みの中、聖書の父親たちに、父なる神ご自身に問うていくのです。彼が見出した苦しみの意味とは、

「神がともにいてくださる、神の摂理に導かれる人生とは、豊かな実を結ぶ人生となる。なぜなら、すべての苦しみが生みの苦しみに変えられるからである。…一粒の涙も無駄に流されることはない。」P209でした。「父となる旅路」豊田信行 いのちのことば社

平安の義の実を結ばせる生みの苦しみなのだと。その実は、その本人にも、周囲にも甘く、苦く、でも、とてつもなくおいしい、不思議な味がすることでしょう。



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by kateishukai | 2017-03-02 04:55