クルミの木集会  2018年4月

423日火曜日に 霞が関南病院のカフェテリアでランチをしました!

500円で、今日のスパゲティと飲み物とおまけにデザートまでついているのです。

スパゲティもおいしくてホクホクしながら、8名の女子会となりましたが、お話の内容はとても厳粛なものでした。(以下お話の要約です)

今年は41日がイースター。教会にはクリスマスよりも大切だともいえるイエス・キリストの復活をお祝いする日です。もし、イエスキリストが復活しなかったら、キリスト教は存在しないことでしょう。

 十字架にかかって死なれて3日目によみがえったキリスト。人間の限界を超えた信じられない復活だから、イエスを神であると信じ、救いを求めるのです。でも、本当のことを言うと、神であるイエスが死なれたということの方が、衝撃的でした。

命ある人間は、誰でも必ず死を迎えます。どんなに富や、名声、力、幸いを得たとしても何も持ってくことのできない死を迎えます。ある意味、一番平等な瞬間なのかもしれません。そのような死だから、人は怖れ、崖ぶちに追い詰められるように死を捉え、後ずさりする人もいます。しかし、三浦綾子は、「私には、死ぬという大切な仕事がある」と言って死を永遠への通過点と考え、準備をしました。それは、大空に羽ばたく滑走路のように捉えているからではないでしょうか。死の先に何を見るか、見えないのかによって、現在の生きる心が変わってくることでしょう。

聖書の中では、イエスだけでなく、人間も永遠の世界に生きることが記されています。

もし、イエスを死人の中からよみがえらせたかたの御霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたかたは、あなたがたの内に宿っている御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも、生かしてくださるであろう。」ロマ8:11

この、先の世界をどのように捉えているかにより、私達の今日の心が変わっていくのではないでしょうか。


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by kateishukai | 2018-04-29 08:41